宮本盛太郎(著)『来日したイギリス人 -ウェッブ夫妻、L.ディキンスン、B.ラッセル』(木鐸社、1989年3月、210 pp.)
はしがき(本書の目的と文献の紹介)
この本は、大正デモクラシー期に来日したウェッブ夫妻、ロウズ・ディキンスン、バートランド・ラッセルという進歩的なイギリス人たちの来日時の体験や、彼らの日本観をみようとするものである。
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マーガレット・コールの本は、夫妻の来日について簡単に触れており、「夫妻はカナダを経て日本へ行ったが、日本人に関して2人は……全く熱中した。彼らが見た日本人は知的で有能で礼儀正しく清潔であった。特にビアトリスは日本の貧民窟が悪臭を放っていないことに注目している。日本から中国へ渡ったが、中国を徹底的に嫌っている」(前掲訳書、p.161)と述べている。英文で、ウェッブ夫妻について論じた最近の本として、Lisanne Radice, Beatrice and Sidney Webb- Fabian Socialists(Macmillan Press, 1984)があり、来日についての数ページの記述がある。来日時の夫妻の行動と日本観を知るための夫妻側の根本史料は、ウェッブ夫人の日記であり、マーガレット・コールは、ウェッブ夫人が不眠症にかかったために、私たちは60年間にわたる日記をもつことができた、と書いている。つまり、なかなか眠れないので、詳細な日記を残しているわけである。この日記は今日では刊行されており、複数の刊本があるようであるが、筆者のみたのは、Norman and Jeanne Mackenzie ed., The Diary of Beatrice Webb, v.3(1905-1924)(The Belknap Press of Harvard University Press, 1984)である。ところが、この刊本は、原文の完全な復刻版ではないので、ウェッブ夫人の日記については、原文のマイクロ・フィッシュ版に拠った(マイクロ・フィッシュ版の入手について、中村宏氏のお世話になった)。夫シドニー・ウェッブは、1859(安政6)年7月に生れ、妻ビアトリス・ウェッブはその前年の1月に生れた。来日した時、シドニーは52歳、ビアトリスは53歳だった。なお、最近、『UP』(東京大学出版会)1987年5月号に載った、木畑洋一氏の「イギリス・日本・『帝国意識』」が、ウェッブ夫妻の来日について言及している。また、ウェッブ夫妻の日本論「日本の社会的危機」の翻訳が、『政治経済史学』257号(1987年9月号)に載っている(服部平治・宮本盛太郎訳)。
ロウズ・ディキンスンは、1913(大正2)年に来日した。夏に来日し、夏の終りか秋に、日本を去ったようである。彼は、1862(文久2)年8月6日の生れであるから、少くとも、来日中に51歳になったはずである。後に言及する、バートランド・ラッセルは、ケンブリッジ大学時代に、ディキンスンと友人になった。ラッセルは、ディキンスンが「性温順でそれにどことなく哀れさを感じさせるところがあって、それで人に愛情をいだかせる人間であった」(ラッセル、日高一輝訳『ラッセル自叙伝』第1巻〈理想杜、1968年〉p.72)と述べている(次の訳書も参照されたい。リチャード・ディーコン『ケンブリッジのエリートたち』〈晶文社、1988年〉)。日本では、ディキンスンというと、アメリカの女流詩人(Emily Dickinson)の方が知られている。ロウズ・ディキンスンは、本来の専門はギリシャの政治哲学のようであるが、今日では文明批評家、国際平和を追求したインターナショナリストとして知られている。彼についての本格的な伝記は日本語では読むことができない。
ただ、戦後、村岡勇氏によって、彼の2つの著書が訳された。訳書では2つの作品を1冊に収めている。『モダン・シンポウジアム-中国人の手紙』(南雲堂、1959年)がそれであるが、その末尾の「あとがき」に村岡氏によるディキンスンの紹介がある。この紹介は、後に本文で引用する。もう1冊、『G.K.チェスタトン著作集』第5巻(春秋杜、1975年)に、チェスタトンの立場から、ディキンスンの異教観の問題性を衝いた文章が収められている。ディキンスンについての英文の研究書では、E. M. Forster, Goldsworthy Lowes Dickinson and related writings(Edward Arnold, 1973, 1st ed. 1934)がもっとも有名である。ディキンスン本人が日本への旅行について書いたものに、Appearances--Being Notes of Travel(J. M. Dent and SOns Ltd., 1914)と An Essay on the Civlizations of India, China and Japan(J. M. Dent and Sons Ltd., 1914)という2冊の本がある。以下、前者を旅行記I、後者を旅行記IIと略称する。ただ、後者については、初版を入手できなかったので、他の出版杜から出た第3版に拠る。とくに内容にちがいはないようである。
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